スネップ仙人が毒吐くよ

50代ひきこもりの独白記


ラジカセの定義「把手が必ずある」ってマジでいってんの?!

異議あり。

巡回ブログで、展覧会レビューの好きな方がいて、そこで気になる言葉を見た。

blog.imalive7799.com

パルコミュージアムで開催中の「大ラジカセ展」で監修者の松崎順一氏が、ラジカセの定義を挙げていて

 

  1. ラジオとカセットが付いている。
  2. 把手が必ずある。
  3. 電池で使える。

 

であるというのである。ただし、これは自分が上記ブログを見て解釈した言葉であり、監修者自身の言葉を直接引用するのであれば

僕が考えるラジカセの定義は1.ラジオとカセットが付いている。2.把手が必ずある。3.電池で使える。
この3点がラジカセの定義と思っている。
あえてもう一つ付け加えるならばワンピースこそ最高なのである。

ラジカセ考 - デザインアンダーグラウンド ラジカセ・カセットテープ・オーディオの販売

となっていて、日本語としておかしな表現、微妙な文章である。「定義」とは、或る物を明確に限定するものであり、「考える」という曖昧な表現と一緒にされるのはおかしな話だ。言い切ってこその「定義」であろう。

ここは仮に「定義」であるとして話を進めるが、自分は上記定義に当てはまらない例が多数あると知っていて、これを「定義」とするのは問題だと思う。

  1. ラジオとカセットが付いている。
  2. 把手が必ずある。
  3. 電池で使える。

1と3については、まあ異論がない。問題は

2.把手が必ずある。

である。つまり横長の持ち手が必ずラジカセには付いているというのだ。

f:id:mfigure:20161221185839j:plain

この写真は自分の持っている「ヘッドホンステレオ ラジオカセットレコーダー」である。取扱説明書にそう明記されている。

「ヘッドホンステレオ」であると同時に「ラジオカセットレコーダー」でもあるのだ。

ラジオカセットレコーダー=ラジカセ

ではないのか?

手のひらサイズであるがゆえに、把手の様なものは付いていない。監修者の松崎順一氏にとっては、これはラジカセではないらしい。 

ヘッドホンを使わなくても聞くことのできるスピーカーが付いていて、AM/FMラジオが付いているので、単なるヘッドホンステレオではなく、ラジカセであると自分は思うし、メーカー自身がラジオカセットレコーダーと明記している以上ラジカセであるのは間違いないのだが。

まあ、いいだろう。自分の所有物はヘッドホンステレオでもあり、携帯プレーヤーだと言われれば、仕方がない所だ。

 

だが以下の例はどうなんだ?

http://www.video-koubou-topaz.jp/sony-boombox-photo/P1030791.jpg

http://www.video-koubou-topaz.jp/SONY-BOOMBOX-1975.html

SONY CF-1150(pro 1150)という機種である。

やや小型ではあるが、携帯プレーヤーというには大きく堂々としたスタイリングが魅力的な機種だ。ただし、把手となる可動式の横長のハンドルはなく、革製のキャリングベルトで代用されている。持ち手にはなるが、ベルトを普通把手とは言わないだろう。

この堂々としたスタイリングの機種を、監修者の松崎順一氏はラジカセと認めないのだろうか?

同じSONYの機種では、もっと有名なものがある。

http://radiokobo.sakura.ne.jp/Geocity/SONY/FX-300a1.jpg

http://radiokobo.sakura.ne.jp/Geocity/SONY/FX-300.html

FX-300 JACKALである。

ラジオカセットレコーダーであると同時に白黒テレビが搭載されていることで有名な機種だ。ミリタリー調のメカニックな外観が、オタク心をくすぐりコレクターに人気の機種だ。これも把手ではなく、キャリングベルトである。これもラジカセではないのだろうか。

ラジカセではなくラテカセだからか?それともカセット操作ボタンの下の防護バーが把手だというのだろうかw

 

2016/12/22日追記>

ラジオの世界でSONYとしのぎを削っていたNationalのラジオカセットレコーダー、MACシリーズにも把手のない物がある。

MAC BCL RQ-585だ。これもキャリングベルトである。

http://www.geocities.jp/yumesawanachi/radio-image/national-rq585.jpg

http://www.geocities.jp/yumesawanachi/radio/national-rq585.html

上部に把手の様なものが付いているが、これは把手ではない。受信したいラジオ局の方向に回転して感度を向上させる指向性アンテナで、ジャイロアンテナというものだ。繊細な構造で、本体をぶら下げることができるほど丈夫なものではない。基部には「持ち下げて使用しないでください」という旨の注意書きもあった。

ジャイロアンテナの片側の端にはマイクが仕込んであり、回転させて正面に向けて使用することができるアイデアも盛り込んでいた。

しかしながら、一部のユーザーは注意書きを無視して、アンテナを把手に使ってしまい、ヤフオクに出回る個体の多くが破損しているのは残念である。

ジャイロアンテナを本体に対して90度の角度で回転させると、前後に出っ張るため、一般的な横バータイプの把手では干渉してぶつかってしまう。そういう理由があるのでキャリングベルトが採用されたのだろう。

<追記終わり

 

把手のないラジオカセットレコーダーは枚挙にいとまがないのだが、締めに真打を登場させよう。

モノラルラジカセ最後の名機といっても過言ではない、東芝のアクタス・パラボラ RT-2800だ。

http://www.geocities.jp/yumesawanachi/radio-image/toshiba-rt2800.jpg

http://www.geocities.jp/yumesawanachi/radio/toshiba-rt2800.html

改良型のアクタス・パラボラ マーク2 RT-2880と共に大ヒットを記録したので覚えているオールドファンは多いだろう。

イメージキャラクターとして水島新司の「野球狂の詩」のヒロイン、水原勇気が使われたことでも印象深い。

野球狂の詩 DVD-BOX[キャラクター編+水原勇気編]

 

水原勇気が宣伝したラジカセ

 

巨大なパラボラ集音器を標準装備することで知られる本機だが、それを本体に取り付けると、一般的な横長可動式バータイプの把手では干渉してしまうため、キャリングベルトだった。本機のベルトを肩に掛けて、屋外の生録に出かけるのが、当時のメカオタク少年の憧れだったのである。

 

ああ、何という事だろう。この堂々としたスタイルのラジオカセットレコーダーさえも、

ラジカセではない

というのであろうか?

 

 

まあ、言いたいことは分かる。「定義」などと大仰な事をいっているが、単に把手のあるタイプが好きなだけの話である。日本初のラジカセである「AIWA TPR-101」は大きなアルミ製のバーハンドルが印象的なデザインである。その印象が強すぎるのであろう。

それなら、それでいいが、展覧会の監修者だったり、ラジカセコレクターの第一人者を自称するのであれば、言葉には正確であるべきだ。

たとえ立派なコレクションはなくとも、思い出とともに豊富な知識を持った隠れた愛好家は、自分を含めごまんといるのである。

いい加減な事をいえば、当時を知らない若者はごまかせても、鼻で笑われるというものだ。